マイルスとサックス奏者たち その１0

　さて、コルトレーンを失ってからいまいち安定したサックス奏者にめぐり合っていないマイルスバンドでしたが、今回もうまいのにいまいちかみ合わなかった不遇のサックスプレイヤーの登場です。なんだか気が滅入るなあ。でも“合わなかった”サックスプレイヤーの中でも一番同情してしまうようなかわいそうなエピソードが多いのがこの人です。ジョージ・コールマン。…………。サックス吹きには結構好きな人が多いです、この人。僕も好き。でもとってもかわいそう。

前回はここ。

　何があったかというと、バンドメンバーからハブにされまくったのが彼でした。いや、もともとマイルスは彼を気に入っており、自叙伝でも「たいしたミュージシャンだった」と前置きがついております。雇ったのもコルトレーンの紹介があってのこと。しかし「ただコードを吹くだけの」サックスプレイヤーだったとけなされてもいます。これが彼のスタイルなので雇ったマイルスも悪いんですが、当時バックにいたミュージシャンがこれまたすごかったからしょうがない。ベースにロン・カーター、ピアノにハービー・ハンコック、そしてドラムにトニー・ウィリアムスという超若手（トニーは16歳！！17だっけ？）かつ超天才がそろっていたのです、いつのまにか。マイルスもこれだけの才能が集まったのは予想外だったのではないかと思うくらいトントン拍子でこの若き天才たちがマイルスの元に集います。彼らの演奏スタイルは後に新主流派と呼ばれることになるスタイル。ステージ上でハーモニーやらリズムやらがウネウネ伸縮自在に変化する（しかもほぼ即興で）ハプニング満載のジャズ芸術を確立しようとしていました。っていうか、当時オーネット・コールマンがやりだした“フリー・ジャズ”という和音もリズムも取っ払った完全即興のジャズ（っていうかメチャクチャに聞こえるタイプのジャズ）に影響を受けていたのです。

　それに対してジョージ・コールマンはコードとリズムをけして崩すことはなく、制限された中でメロディを紡ぎ出していくタイプのミュージシャンでした。彼のマイルスバンドでの演奏は「マイ・ファニー・バレンタイン」と「フォア・アンド・モア」という二つのライブ盤で聞くことができます。ぜひ聞いてみてください。以外に「いい」のです。「別に悪くなくない？」というのが日本のマイルスファンの一般的な意見だと思います。彼はコルトレーンを彷彿とさせるコードトーンのアルペジオを使ったメカニカルなアプローチとメンフィス出身だからかブルースフィーリングあふれるペンタトニックを使ったアプローチが混在するというとても稀有なサックスプレイヤーなのです。テナーをやっている人がコードトーンを使ってのアドリブを勉強するのに最適なのがこの人のプレイといっても過言ではないでしょう。変幻自在するリズムセクションと堅実かつ美しいトーン（音色は太いというよりは研ぎ澄まされた音です。）との対比が絶妙でこの二つのライブ盤を愛聴しているファンも多いに違いありません。



　でもね、メンバーから（特にトニー）はとっても嫌われてたのです。マイルスのソロが終わって次にジョージのソロになる瞬間ステージ袖へ向かおうとするマイルスに「たのむからアイツもつれてってくれよ」とトニーがささやいたというエピソードもあります。また、後にヴィレッジ・ヴァンガードというニューヨークにある名ジャズクラブで記念ライブがあったとき、ハービー、ロン、トニーが再会セッションをしたのですが、旧交を深めようとテナーを片手に楽屋に参上したジョージ・コールマンに対して（あの温厚な性格のはずの）ハービーが「あり得ないね」と言ったこともあるらしいです。なんでそんなに嫌うのでしょう？音楽性が合わなかったとはいえここまでメンバーに苛められたミュージシャンはマイルスバンド史上他にいません。あのハービーまでもがこういった態度をとったということは（しかもずいぶんと年上なのですよ、ジョージは）ジョージ自身の性格に問題があった気がしてなりませんが……..。年上だからえばったのかな？

　そんな前提で前述の二つのライブアルバムを聞くとまた面白いものがあります。特に「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」の5曲目、”I Thought About You” でジョージがソロを取っていると最後リズムセクションが演奏をやめてジョージが一人投げ出されるシーンがあります。ハービーだけは助け舟として少しコードを弾いてあげていますが。ま、アレンジとしてそれが成立している（それもかなりの完成度で）のでなんともいえませんがトニーが故意にたたくのをやめたいう可能性も低くありません。

　たしか、ジョージが自分のまだ幼い子供を楽屋に連れて行ったことがあって、子供がふざけてマイルスのトランペットを壁に投げてしまったというエピソードもありました。うーん、楽屋に子供をつれてきちゃったかー、こんな状況のバンドで……。ちょっと空気が読めない人だったのかしらねー。悪い人ではないにしても、KYサックス奏者だったのかもしれませんね、ジョージ・コールマンという人は。でも演奏はすばらしいですよ。